カエスモノ 

稽古もいい感じになってきている。
が、作り込む物もあり、その負担は役者にきている。

長く一緒にやっているのでその辺は承知してくれているのだが、やはり時間との闘いは日々シビアになってくる。

自分の芝居の事も勿論作り込まなければならない。
いや、それが本道だ。
好意でやってくれているのだ。
いや、「小劇場役者」とはそういうものだと思ってやってくれているのだろう。
芝居と同じように物を上げた達成感もあるだろうが…
しかし…

僕は彼らに何を還せているのだろうか。


友人の芝居 

日曜に友人の芝居を観る。
なぜ日曜の話を今するのかというと、
まぁ、いろいろある。

知り合いの芝居というと、どうしても「小劇場役者」的には、観に行くからこっちのにも観に来てね的なカンジで、小さいサークルの中で金を回してる感が否めない。
金の無い役者などは知り合いの芝居で金を使い果たし、本当に観たい芝居、観なければならない芝居を観れず、感性も表現力も小さいサークル止まりで、そこで停滞している者が腐るほどいる。

僕も知り合いの舞台などではそういう思いを何度かして、金が云々という事ではなく、真剣に考えたものだ。

知り合いと友人というのも、微妙にというか、ちょっと違う。
その友人の芝居を観た。

久しぶりに、そういうサークルの中で面白いものを観た。
確かにツッコミどころはいくつかあるのだが、面白いと感じた。
こういう芝居はいい、と感じた。
94に飯島早苗、鈴木裕美で初演した「法王庁の避妊法」という芝居だ。
これまでに何度も色んなところで再演されているものだ。
友人の芝居は小さい舞台だったが、このサイズに合った芝居だなと感じた。
そいつの芝居も良かった。
こういうものを演っていってほしいと思った。

syr こういうの演っていったほうがいいぜ。

クーデター 

タイで国軍が首相府などに戦車や装甲車などを配備し憲法を停止したそうだ。
「クーデター」という響きには久々にドキッとしたが、当のバンコクには多くの市民や観光客が繰り出し、平穏な空気に包まれているそうだ。
軍と国家警察幹部は「現政権の腐敗」を指摘し「平和と秩序のために」クーデターを実行したとし、早期に国民に権力を返還する意向を発表した。
ちょうど去年の今頃タイを訪れていた僕は「おお!」となったが、腐敗体制など短期滞在の外国人には何も分からないのだな、と思った。

首相が家族ぐるみで、とにかく私腹を肥やしているらしい。
「不正な株取引で大儲けして感じ悪い」と国民がガンガン言っている。
ここでも株か。

軍の蜂起がクーデターで国民の蜂起はデモか。
台湾では総統への不信感で30万人からの国民がデモを行った。
この総統もまた自分ん家だけ、自分ん家だけ! の人間らしい。

ハンガリーでも首相の辞任を求めて1万人のデモ隊が暴徒化した。
社会主義体制が崩壊した1980年代終盤以来初めての暴動だそうだ。
ここの首相も嘘つきなのだと言う事らしい…

デモがクーデターに変わる恐れはないのだろうか。
今のところないのだろうな。

と楽観するほど世界は甘くない?

日本は総理が変わったら、何かが変わりますか。

01と12 

立ち稽古が始まる。
案の定、立ってみると読みで作ったニュアンスなどもすっ飛んでしまう。
僕もそうだが役者は往々にしてそんなものだ。
その場を何度も繰り返して固めていく。
本を持ったり放したり。
で、何とか出来上がって次の場へ。
次の場もすっ飛んだところから始めていく。
本を持ったり放したり。繰り返す。

ちょっと考えた。
何かヤなカンジがしたのだ。

その場を固めてしまうより、本を持ったままで全ての場を粗く作ってしまう。
「立ってみると台詞が出てこない」「立つとカンジが違ってくる」という役者の免罪符的なものを、まずやっつけてしまって、台詞を入れること、役を掘り下げることにシフトしてもらうのだ。

と、云ってはみたものの、その為には演出のプランを追いつかせなければならない。
時間いっぱい、出来るところまで動きをつけていこうと言うのだから。

だけどこの遣り方でいきたい。
0から1を作る大変さをその場をクリアした毎にまた味わうのではなく、まず全部やってしまう。
そして出来た1から2を作っていく。足していく。
0から1と、1から2は同じ距離ではない。
出来上がったものに、あれこれ言う事は容易い。

何もないところから本を書いていく01(ゼロイチ)を一人で何日もやってきたのだ。
みんなでゼロイチ。
これはとても力強い。
苦しくない。

そしてみんなで12(イチニイ)。
アイデアは無限だ。

古着屋巡り 

下北でぶらぶら見て廻る。

自分の物ではないのだ。
衣装になりそうな物を見て廻る。
関田が加工してくれるという。
僕は色んな事を云うが、それを形にするのは容易い事ではない。のだろうな…。
僕は縫ったり出来ないしな。

毎度の事だが僕の周りの人間たちは何でも協力的だ。
それぞれの仕事の模様は、またここで紹介する。
今日は古着屋の巻。

衣装目当てで店を廻るが、たまに私服も見たりして。
今度来ようっと。

馬鹿演劇人 

世田谷区の区民施設には「演劇禁止! 読み合わせも!」というところがある。
大体どの施設も利用目的は其々決まっているのだが、「武道」「体操」などどしながら芝居の稽古に使っている。
それほど、そのコードがキツイものではないからだ。
だが中には、思いっきり前述のフレーズが至る所の壁に貼ってある施設がある。
そこの管理の人間も憑かれたかの様に、執拗に疑いの目を浴びせかける者がいる。

「よっぽど何かあったんだろう」と思う。しかし「そんなに何があったんだろう」と思う。
ギャーギャーうるさくて隣から苦情がきたり、といったところなんだろうが、一度注意をすれば馬鹿じゃないんだから理解し解決する筈だ。
これ程までに敵意を持った疑いを示すのは病的だ。

しかし、演劇人などと云いながらド素人が闊歩する性質の悪い世界だ。
よっぽどの馬鹿をやったんだろうな。

そういう場所を、間違って借りてしまったりする場合がある。

作業

     僕らは大人しく作業に切り替える

2749人 

5年前にワールドトレードセンターで亡くなった人の数だ。
今日も尚続く、その報復で始まった戦争で亡くなったイラクの民間人の数は4万人を超えた。
アメリカ兵の死者も3千人に及ぼうとしている。

遣られたから、遣り返したのだと言う。

どれほど遣り返すつもりなのだろう。
いつまで殺し続けるのだろうか。

いつまでもふて腐れてるんじゃない。

ガキの頃、親にそう言われた事を思い出す。
友達とケンカした時も、手を動かせば何故かスッキリしたものだったが、口ゲンカではいつまでもズルズルと気持ちが悪かった。

テロには屈しない。
遣られたから遣り返した。
何の関係もない民間人が殺されて、その仕返しに何の関係もない民間人がその十倍以上殺されている。
これが現実だ。

利子が高すぎる。
こんなヤミ金は即摘発だ。
殺人犯はすべて死刑という理論だ。
これでは法律は何のためにあるのだ。
国際法は。

殺人被害者の遺族の方たちは犯人を殺してやりたいと思って当然だ。
しかし、法に従っているのだ。

南阿佐ヶ谷 

昨日、今日と阿佐ヶ谷の地区センターで稽古。
何か小さいレクレーションルームだ。
JR阿佐ヶ谷の駅からすぐ近くだが、僕は地下鉄。
南阿佐ヶ谷徒歩5分。

テーブルがないので、ゴロゴロしながら本読み。
少し読むと本を放して、ニュアンスを伝える。
の繰り返し。
細かいところまでやる。
其々が色んな気持ちを含んだ台詞の部分を重点的にやる。

どうしても、まだ読んでいる感じが否めない。
感情が入るとテンポが悪くなる。
しかし皆が全力で取り組んでいる事がバシバシ伝わってくる。

時間はまだある。
枠に填めず色んな事を試したい。

読み合わせ 

読み合わせが始まった。
始めは、それぞれが読んで感じたままに、ざっと読んでもらう。

僕がイメージしていたものと大分違う。
完全修正な部分と、イタダキの部分と…。
複数の人間で芝居を作っている。
という感じがバシバシくる。

稽古中にも稽古後にも、本だけでは伝わらなかった僕の想いをいろんな角度から伝える。
またしても色んな想いが入っているのだ。
説教くさくならないようにしなければいけないな。

何れにしても楽しい日々は続く。

第三回公演 

昨夜は10月の公演の顔合わせを行いました。

久しぶりに飲みました。
本があがるまでは、と飲まずにいたビールはやはり美味しかった。
案の定飲み過ぎた。
案の定朝帰りだし。

本も全員に渡せたし、じっくり読んでもらって立体にしていきましょう。
明日から稽古開始です。

城山小学校 

殺陣の稽古。
今月は毎週場所が違う。
7月、8月が固定の場所だったので、何か久しぶりに稽古場を探しながら向かう事になった。
毎週こうなのだろう。
面倒くさいんだか、楽しいんだか…
面倒くさいな!

駅で生徒さんと会ったので、一緒に探しながら向かう。
が、案の定迷う。
時間もちょっと過ぎる。
人に聞く。
やっと着く。
定番だ。

日曜の新宿 

日中、歌舞伎町を歩く。
物凄い人だ。
改めて云うのも何だが、物凄い人だ。
目的なくタラタラ歩いてるからマジで前に進めない。
目的地に向かう僕とはスピード感が違うのだ。

イライラしてくる。

人間て、こんな事でイライラするんだな。
さっきまで何でもなかったのに一瞬でイラっとする。
そう感じてクールダウンする。
またイラっとする…。
繰り返しだ。

「衝動的」「発作的」などの言葉が浮かんでくる。