あまおうかっ!
稽古場としてお借りしている教会のお母さんから色んな物を頂く。
そっと僕を呼び出して手渡してくれる。
みなさん、お母さんから頂きましたよ!
と言うと、恥ずかしそうに、そそくさと逃げてゆく。
可愛らしい人なのだ。
今日はいちご
こんなに!
ご好意でお借りしているのに誠に申し訳ない次第だ。
やはり日頃の行ないが良いと、人のやさしさに触れるものだなぁ…
これからも好感の持てる若者(中年!)と言われるよう励もう。
しかし、でかい!
甘くておいしい!
あまおうかっ!
- [2007/03/31 22:23]
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何かが出来る

恵比寿のホームから、ふと見たところ。
何か出来つつある。
いつもは新宿で降りるのでこの場所で電車を待つ事はないのだが、今日は今から高円寺。
新宿から向かいのホームへ乗ればいい。
ちょっと違う所に立ったら、違う何かが見えた。
物事は一方向ばかりから見てはいけない。
色んな角度から見ていかないと…
何ができんだろ…
- [2007/03/27 14:16]
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雨あがる
稽古終わりに雨になるだろうと持っていった傘は仕事せず。
夜も遅くなってから降ってきた。
一晩中、風もビュウビュウいいながら酷かった。
パンフのデザインが終わったら雨はあがっていた。
相変わらず風は強いが…
帰ろう。
仕事の無くなった傘を持って。
今日も稽古だ。
- [2007/03/25 05:54]
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今日のゴンタ
近所の犬だ。
死んでいる訳では決してない
無防備な彼のその寝姿に癒されるのが日課になっている。
今日よりも手足の状態がひどい場合が常だ。
相当おじいさんなのだろうか、ワンという声を聞いた事がない。
いや、彼と称したが、彼女かも知れないし、名前も勿論僕の妄想なのだ。
こちらにあるように。
彼が何者であるのか。
何処から来て、何処へ行こうとしているのか。
人は全てを知りたがるが、全てを明らかにする事が全てではない。
- [2007/03/19 23:38]
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息抜きではいけない
久しぶりに日記を書く。
できた。 からバタバタと時間は動くものだ。
判っている、それはいい訳だ。
台本があそこで出来るのも言い訳で、その為に更新が滞るのもいい訳だ。
そう、判っている。
それは毎度の事なので、此方へ置いておく。
稽古が始まっている。
一週間くらい経っている。
読みを終えて立ちに入っている段階だ。
調子は、まぁいい感じだ。
で、今日は休みで衣装を探しに行った。
日暮里だ。
生地の町?
布の道?
ちょっとしたテーマパーク
凄ぇ安いし。
息抜きになったかな。
- [2007/03/17 01:28]
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できた
第4回公演の顔合わせが今日ある。
そこで台本とチラシを渡す。
大体いつもの流れだ。
そして、9日から読み合わせが始まる。
今できた。
今書き終わった。
間に合った。
よかった…
とりあえず、帰ろう。
風呂。
風呂糸。
- [2007/03/07 09:59]
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文体って何?
夜中によく3チャンネルを観る。
飲みながら、高校講座とか観たりするのも嫌いじゃない。
最近はそうもいかないが、本を書く手を止めて何故か何となく今点けた。
「わたしの授業」という番組。
中学1年生の国語の授業風景だった。
朝の出来事をそれぞれ日記形式に書かせて発表し、生徒たちのそれぞれの文体の違いを検証させていくというもの。
頭の方を観れなかったが、授業は
「では、『文体』とは何か?」
というところになっていた。
各班ごとに意見を纏め、代表者が発表する。
最初の生徒。
文体とは「個性」だ。
人によって書き方の違うそれは書く人の個性が現れている。といったようなもの。
この発表に意見を募ってディベートしていくカタチだ。
概ねこの意見は一致している生徒も多かった。
面白かったのは次の班。
文体とは「心」だ。
書いた人の心が文体に乗って、文体自体に心がある。というもの。
個性とやや同じかと思っていると、個性と書いた班の生徒が質問する。
書く人間に心があるのは解るのだが、文体に心があるのだろうか?
文体そのものに心があるとしたら、読み手がどの様に解釈するのか、という心が生じて、こう読まれたいという心が新たに発生してしまうのではないか。
それは、「どう読んで貰っても構わない。これが私の個性だから」というものとは、違うのだと思う。という様なものだった。
中学1年生である。
いいぞ、と思って観ていると、次の班。
文体とは「魔法」だ。
書いている時は夢中になっているのだが、書き終わって読み返してみると、「自分が書いた文章とは思えない」これは、書いている時は魔法がかかっていて、書き終わって見てみると、まるで魔法がとけた様だ。というのだ。
子供らしいなぁ、などと初めは聞いていたがどれも頷ける。
特に夜中に書いたものを朝読み返してみると…
などと考えると、同志の言葉の様だ。
「心」に意見した生徒も「魔法」に置き換えたら、しっくりくるかもとなった。
他は女子の「言葉のオシャレ」などという意見もあった。
この後、初めの朝の出来事を文体を変えて書かせる。
いい授業だな、と思った。
羨ましくもあった。
ひとつ紹介する。
僕は
メガネをとるのではなく。
すもうをとるのではなく。
朝食をとった。
中学1年生である。
- [2007/03/04 02:16]
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