やっぱり 

自民党負けたね。

不器用 

ここ何日か Flash と格闘しています。
難しいなぁ。
他の作業が滞る滞る。

やりたい事がすんなり出来ない歯痒さ。
芝居作りとも似ています。

使いこなしたいなぁ。

勝者は時間 

過酷な状況に陥ったり、共通の敵ができると人は結束が固くなるものだ。
会社に不満があったり、嫌いな上司が居たりと、平和な島国でも当て嵌まる事である。

戦時下に置かれれば、それは言うまでもない。
敗戦し敵国に統治された者たちは、固い結束の元、祖国を、自己を奪還する為に闘争に身を投じる。体制に抵抗する事が真理なのだと疑わず武装し、その身を真理の盾とする。

時間は惨い。
同じ真理の元に徒党を組んだ者たちを細かい思想の違いで分裂させ、争わせる事さえする。

タリバンが韓国人を人質に仲間の釈放や軍の撤退を要求しているが、その要求が二転三転しているという。
アフガン政府の見解では人質が3ヵ所に分かれて監禁されていて、タリバン内部で相互の連携がうまくいっていないという事だ。

相互の連携がうまくいってないというのはアフガン政府のプロパガンダだろうが、タリバン内部に細かい思想の違いが生じてきているのは否めないだろう。
それによって互いで争う事はないのだ、競い合ってテロを行うような事だから目も当てなれない。
自分たちのエゴで他人を傷付けているという一番初めの入口がクソ思想で見えていないのだ。

平和な島国でも、「こいつが嫌だから」で別で徒党を組んでも、そういう輩はそこでも、どこでも分裂を繰り返す。
それによってバカ同士でグズグズやればいいのだが、健全な他人を巻き込んでしまいがちだから、これも目も当てられない。

落ち着いてはいけないね 

よみうりホール 談志・志らく親子会へ行く。

4月独演会以来の談志。
「調子悪い」「もう駄目だ」を毎度連発しながら「木乃伊取り」をぶつぶつ切りながら演る。
木乃伊取りが木乃伊になるリフレインを止めたのは吉村作治だった(笑)
なんちゅうサゲかっ!

志らくは初めて聞いたが、かなり力技だ。
自分の独演会より師匠との親子会の方が数段プレッシャーはかかるだろう。
こういう時のを見るのはかえって一番いいのかも、などと思う。
談志を聞きに来る客の前で、弟子が演るのだから。
普段の弟子に囲まれている自分とは確実に違うのだから。

そういえば、この間飲んでる時にそんな話になった。
今は歳もとってそれなりにリーダーシップをとる事が多い中、たまに一番年下の飲み会があったりすると、まずビックリして、それから何となく心地よく皆さんの飲み物などをオーダーしている自分がヤケにいい。
などと言ってみたり。

まぁ適度な緊張感はあったほうがいいという事でしょう。
年喰って頭張ってるからって慢心しちゃいけないよ。

伝えたいのは言葉だけではないけれど 

日本語で書いたものを英語に翻訳して上演する。
英語で書かれたものを日本語に翻訳して上演する。
翻訳家の仕事はかなり重要である。

ニュアンスが、ニュアンスをキレイに伝えられる語彙を駆使しなければ。
英語を話せれば良いという訳ではないのだ。
他人の書いた、しかも一応芸術と括られるその言葉たちを理解し租借し的確な言語を搾り出さなければならないのだ。

たまに映画の字幕などで「今、何年だよ」と、笑ってしまうような紋切り型の表現があるが、アレはアレ何となく意味が通じればイイという感じなのだろう。
まぁ、映画翻訳も大変な仕事である事には変わりはない。
尊敬しております。

しかし舞台演劇はそれ以上に「言葉」という表現パーツが、それ自身確立したポジションを示し、重要なものとなっている。
それだけに固執して、ストーリーなどどうでもいいという作家も少なくない。
まぁ、それはどうかと思うのだが。

兎に角、言葉は人間の意思伝達方法としては一番解り易く、且つ解り易いからこそ伝わりづらいという側面を持った限りなく魅力的なシロモノなのだ。
「スキ」と「キライ」を表現するのは容易いが、何故そうなのかを伝える「言葉」は幾通りもある。

翻訳と会話は違う。
意味を伝えられても気持ちを伝えられるのか。
という事か。

アメリカンスクールに行ってました。
という最近では珍しくもない人たちなどは、英話を覚えるという事ではなく、生活の中にいかに英語を入れたのかという事で、行ってた甲斐があったのかどうか決まるのだと思う。
夢は英語で見るとか、この表現は英語の方がしっくりくるとか。

兎に角、頭に入れるではなく身体に入れるという事なんでしょうか。
身体に入れるまで何回でも基本とかやるしね。
色んな基本の事ね、今ここで云うのは。

僕は英語は出来ないが、何事も身体に入れてから出す事は心掛けたいなと。
変な意味じゃありません。
頭だけで仕事しねぇぞ!
っていうことね。

で、
身体に入った人が、日本人が英語で書き下ろした芝居を観た。
日本語で書いて英訳したのではなく、ダイレクトに英語で書き下ろした戯曲だそうだ。
英国人俳優たちとワークショップを繰り返し作り上げたものらしい。
去年の今頃ロンドンで上演して今年オリジナルキャストで日本に持ってきた。

原作:筒井康隆 脚本:野田秀樹&コリン・ティーバン 演出:野田秀樹
「THE BEE」
それだけじゃなく、英語で書き下ろした本を自ら翻訳して日本バージョンも上演した。
勿論日本の俳優で。
そっちは終わってしまったが、オリジナル・ロンドンバージョンは今月29日までシアタートラムにて。

アイロニカルでシニカルで…
というカンジではあるんだが…
長々と説教臭い台詞もなく僕的には楽しめました。

原作が筒井康隆だったからかなぁ。

朝方ホルモン 

山形から友人が来た。
同期生だ。
もう一人こっちに居る同期と、なぜかこっちに来ていた一期下の後輩と飲む。

今の事、あの頃の事、あれこれ話す。
こいつ等とはもう二十年になるのか…

田舎から出てきたのはそれ以上だから、こいつ等が幼馴染みみたいなカンジだ。
田舎の友達になんか会わないしな。

メインの山形がホテルへ帰り、何故か三人で朝まで飲む。
だんだん会話がオッサンなんだかガキなんだかわからないカンジに。

とりあえず、この世界にぶら下がってる三人。
いつか何かやろう。
身体が動くうちに。

そう遠くはない。

土日カウチ 

ひどい雨だ。
風だ。
台風なのだ。

しかしそれは去ってしまった。

僕の知らない間に。

ズレてますか 

国によって文化や慣習は違うものだ。
歴史も。
位や職によって人の繋がり、関係が違うものだろう。

戦時下に於いての軍人と喜劇作家の関係も考え方のズレも国によって大きく様変わりするものだろう。
そのズレが奇跡を生み、笑いを創り、感動を生む。

「ラストラフ」
'96年に三谷幸喜が放った二人芝居「笑の大学」を自身が英国に舞台を移しスクリプトを書き、英国人スタッフが再構築した舞台だ。

字幕付英語劇に加え元ネタを知っているという要素はあったにせよ、国によっての文化や慣習の違いが原作の持つ世界観と微妙なズレをみせていたのは否めなかった。

笑いは創っていた。
その他に物足りなさを感じるのは、国によっての文化や慣習の違いというものなのだろうか。
僕のイビツな感受性の為なのだろうか。

ズレが笑いを生み、ズレが違和感を生み…

ズレはズレてズレてゆき…
ズレを操ってブレずにいこう。

凄い人類がいる国 

イチローが凄いのは解ってる事なんだけど、やはり凄い。
日本人として凄いのは当然なんだけど、メジャーリーガーとしても凄い訳ですよね。
メジャーリーガーとして凄いという事は、世界の人類の中で野球が凄いという事ですね。

人類として凄いとされる野球選手が日本に居たんだ。
という事は、違うジャンルでも凄い人類が出て来ても可笑しくないという事ですね。
日本人頑張りたいですね。

だから、朝青龍と白鵬は世界の人類の中で相撲が凄いという事ですね。
人類として凄いとされる力士がモンゴルに居たんだ。
という事ですね。
それが日本の国技だっただけ。
という事ですよ。

…。

日本人頑張りたいですね。

本日発売 

皆様のお陰でNeo Mask 第4回公演「悪の唄 もしくは 正義の唄」のDVD本日発売となりました。

本来舞台演劇とは消えてなくなるからこそ美しく力漲るモノではありますが、記録用として残していくモノを皆様の記憶に留めて頂く為のモノにして頂ければ幸いと、今後も製作していきたいと考えております。

映像ならでは面白さも見つけたりなんかして、作っていてもいいカンジです。
編集は面白い。