僕は共感しない 

悪い事をした人間を叩きのめす。
叩きのめす事を善しとして表現する。
観客はそれに共感する。

悪い事をしたのだからやられて当然。
悪い事をした奴だからやっちまって。
観客はそれに共感する。

人を殺した人間を悪い奴だと思う。
人を殺したのだからそいつも殺せ。
観客はそれに共感する。

観客は何をみているんだ。

アメリカの法廷で妹を殺された兄とその従兄弟が被告に殴りかかる映像がニュースで流れた。
「もっとやれ!」と思う。
二人はその場で逮捕された。
「もっと殴らせてやれ」と思う。
しかし…

僕は社会問題を演劇で表現しようとは思わないが、モチーフに使うときには直接的な表現はしない。
暗喩で観客に感じて欲しいと思う。
感じる観客にもう一つ奥が伝わればいい。
奥が解からなくても表だけでも楽しめる、成立する物語を作っていきたいと思う。
それが作劇だと思ってやっている。
…つもりだ。

現実では悪い事をした人間を叩きのめすと逮捕されるのだ。
それじゃやりきれないから情状酌量。
いや、英雄として無罪放免。
観客はそれに共感する。

…。

観客は何を見ているんだ。

僕は共感しない。

観客としても創作者としても僕はそれに共感しない。
恐らく一生。

それが良いとか悪いとか言うつもりは無い。
ただ解からないのだ。
人間として解からないんです。

人間学として解からないのだろうか?
それが解からない。
デカルトやカントには解かるのだろうなぁ。

お前ら夢でイイから何か言ってくれよ。

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