文体って何?
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夜中によく3チャンネルを観る。
飲みながら、高校講座とか観たりするのも嫌いじゃない。
最近はそうもいかないが、本を書く手を止めて何故か何となく今点けた。
「わたしの授業」という番組。
中学1年生の国語の授業風景だった。
朝の出来事をそれぞれ日記形式に書かせて発表し、生徒たちのそれぞれの文体の違いを検証させていくというもの。
頭の方を観れなかったが、授業は
「では、『文体』とは何か?」
というところになっていた。
各班ごとに意見を纏め、代表者が発表する。
最初の生徒。
文体とは「個性」だ。
人によって書き方の違うそれは書く人の個性が現れている。といったようなもの。
この発表に意見を募ってディベートしていくカタチだ。
概ねこの意見は一致している生徒も多かった。
面白かったのは次の班。
文体とは「心」だ。
書いた人の心が文体に乗って、文体自体に心がある。というもの。
個性とやや同じかと思っていると、個性と書いた班の生徒が質問する。
書く人間に心があるのは解るのだが、文体に心があるのだろうか?
文体そのものに心があるとしたら、読み手がどの様に解釈するのか、という心が生じて、こう読まれたいという心が新たに発生してしまうのではないか。
それは、「どう読んで貰っても構わない。これが私の個性だから」というものとは、違うのだと思う。という様なものだった。
中学1年生である。
いいぞ、と思って観ていると、次の班。
文体とは「魔法」だ。
書いている時は夢中になっているのだが、書き終わって読み返してみると、「自分が書いた文章とは思えない」これは、書いている時は魔法がかかっていて、書き終わって見てみると、まるで魔法がとけた様だ。というのだ。
子供らしいなぁ、などと初めは聞いていたがどれも頷ける。
特に夜中に書いたものを朝読み返してみると…
などと考えると、同志の言葉の様だ。
「心」に意見した生徒も「魔法」に置き換えたら、しっくりくるかもとなった。
他は女子の「言葉のオシャレ」などという意見もあった。
この後、初めの朝の出来事を文体を変えて書かせる。
いい授業だな、と思った。
羨ましくもあった。
ひとつ紹介する。
僕は
メガネをとるのではなく。
すもうをとるのではなく。
朝食をとった。
中学1年生である。
- [2007/03/04 02:16]
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