生まれ故郷
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鹿児島は僕の生まれ故郷だが、その街や通りなどを僕はよく知らない。
小学校5年生の始めでこの街を離れてしまっている。
所謂思春期を過ごしていない、幼い記憶の街。
本籍も既にここにはない。
しかし両親は鹿児島なので、家族と会うときや電話などでは鹿児島弁である。
関東に居る親戚とも鹿児島弁で話す。
桜島桟橋にあるドルフィン・ポート
ちょっとしたお台場みたいなカンジ
ホントちょっとした、ね
僕はその違いを感じないというより、判らないのだけれど、僕の話す鹿児島弁はおそらく家族や親戚たちには違和感があるのではないかと思う時がある。
いや、実際にそうだろうと。
よく「東京に出たら」方言が云々…
みたいな、ありきたりな話ではない。
東京の言葉と方言がごっちゃになって、地元の連れにガタガタ言われる的な事ではないのだ。
「東京チックな気持ち悪い方言」というやつね。
そういう人は僕も知っている。
鹿児島の人もその他の人もだ。
よく知っている。
その対極に居るのが、方言を直したいのに直せずに居る人たち。
これは前者とは対極に居る筈なのに、その表現は極めて酷似しているというパラドクスを生む。
これもよく知っている。
こちらは居直り型が多いようだ。
「極めて酷似」という表現も重複していてどうかと思うが…
そんな事より僕の話。
僕がここで云うのは育った時間の事だ。
生まれてから10歳までの土地勘と語学力しかないという事なのだ。
僕の中では巧みに鹿児島弁を操っているつもりなのだが、如何せんそれは10歳児のそれなのだ。
いや、正確にはそれに、もう3、4年足してもよかろう。
そのくらいは独学で補っている自負はある。
とはいえ、その鹿児島弁は、やはり成熟してはいない。
大人の表現をしなければならない局面でも、頭で発想しているモノをそのまま言葉にすると「気持ちの悪い方言」になってしまうという無意識な美意識が働き、10歳児の鹿児島弁で表現した方が最良だと脳は判断し指令を出す。
語彙は現在のモノだが語尾が10歳児なのだ。
いや、この一行は語呂で書いたが、正確には語尾ではなくニュアンスだ。
会話は借りてきた語彙では成立しない。
会話は質感なのだ。
よって僕は、その質感が幼くなろうが「気持ち悪い方言」では無い方を選択するに至っているのだ。
無意識にね。
とはいえ、間もなく40だ。
10歳児の鹿児島弁では違和感を伴うのではないかと感じる所以がこれにある。
しかし、こういう事は本人が感じている程、周りは気にしていなかったりするのが常である。
まぁ、これから変わり様が無いわけだし自由にいこうと思う。
いやいや!
頑張ってオトナの鹿児島弁も覚えてみようか!
桟橋から見える桜島
僕の故郷の山だ
僕の方言は10歳児のそれなのかも知れない。
だけど、僕はちょっと東京に出たくらいで、カブれて方言がおかしくなる様な人間ではない。
という話だ。
- [2007/09/04 19:59]
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